◆少しずつよくなってゆく藍


クリーン解除


ごくたまに、こんな良い表情を見せてくれるようになりました。


骨髄移植を施行してから25日目の採血の結果、
白血球が1800、好中球が738mで増えたので、ついにクリーン解除となりました。
クリーンルームのまん中のビニールの仕切りカーテンを取り払い、
ごうごうと音を立てて出ていた風も、静かな弱風に切り替わり、
藍を触る時も、防護服、キャップなどは付けなくても良くなりました。
マスクは相変わらず付けますが、消毒も無菌状態ほど厳密ではなくなり
食事も、藍のベッドの横で摂る事をゆるされました。
今までは、無菌室内での食事は、細菌発生防止の為、禁止されていたので、
藍の寝ている間をぬって、または、
私の代わりに藍を抱いてくださる看護士さんがいてくださる時に、
大急ぎで配膳室などでかき込んでいたのでした。

セミクリーンとなり、個室と同じ扱いになります。
面会も規制が少しゆるくなり、健康な大人は入室が許され、
祖父、祖母もやっと藍に逢えるようになりました。
あいかわらず子供は面会禁止ですが、子供は雑菌持ちなので仕方ありません。
一番嬉しかったのは、泣いている藍を防護服着ることなく
すぐに抱いてあげられることでした。
風の音もなくなったので、ラジカセからは思う存分音楽をかけてあげられます。
音楽好きな私は、たくさんのCDを持ち込んで、
朝から夜まで、藍と自分の為に、音楽をかけていました。
病棟の先生からこの頃、大江光さんの音楽を教えて頂きました。
知的障害をもつ彼の音楽は、とてもやさしく、私たちを包み込んでくれました。


これは涙を流している藍です。



キメラ


骨髄は立ち上がったのですが、残念なことに、
長女の骨髄が立ち上がると同時に、破壊しきれなかった藍の骨髄も立ち上がっていました。
割合は75%がA型の長女、25%がO型の藍でした。
この場合、違う血液型が一つの体の中に存在することになり、
これを医学用語でキメラと呼んでいました。
キメラでも藍の場合は白血病などの病気とは違って、
白血球が体に害をおよぼすわけではないので、
とりあえず問題は大きくはならないのですが
今のままでは、長女の細胞の方が将来的に拒絶される可能性が高いので、
長女の細胞の勢いをあげてやるために、リンパ球を添加することになりました。
上手くいけば藍の25%の勢いを抑える事ができているあいだに
長女の細胞が定着する確率が高くなるのです。
しかし、いろいろな危険も伴い、副作用にGVHDといって、
ひどい下痢や粘膜障害、肝機能障害、などがあり、
最悪はこれが命取りになります。
これの予防のためにサンディミューン(免疫抑制剤)を点滴しますが、
このお薬もまた副作用があり、まず毛深くなります。
膚の色も焼けたような濃いいろになるそうです。でも。。。
お薬を切ればもとに戻るそうなので、先生にすべてお任せしました。
翌日、長女から30ccを採血して、その成分のなかからリンパ球を取り出し、
たった耳かき1杯分のリンパ球をピンク色の液体にのばされて添加されました。
そしてGVHDを待つのです。副作用が出るのを待つというのも変な話ですが
副作用はリンパ添加による効果が期待できる印でもあるのです。
そしてこの間、白血球の数はあがると思えば下がったりと未だ安定せず、
私も毎日の採血データで一喜一憂する慌ただしさでした。



マルクしたくない!


初めて医師のみなさんに立てつきました(笑)
移植して1ヶ月経過すると患者はみんな、
骨髄の状態を調べる為に骨髄採取して検査するのですが
私はどうしてもまだ藍に十分採取出来るほどの骨髄があるとは思えず、
針をさしても、絶対に採取できないと思ったのです。
前回、移植前に採取しようとして、結果取れなかったことと、
過去、長男のマルクも骨髄が取れたことがないのも思い出せて、
そして、マルクはとてもとても痛くてキツい検査なのでどうしても嫌で
しないでくださいと、伝えてきました。
それでもお決まりですから、予定は変更して頂けませんでした。
大切な検査ですから、先生方も外せなかったのだと思います。
それで教授回診時に直接助教授先生にしたくないことを伝えました。
鶴の一声を期待した、と、いうのでしょうか(笑)
助教授先生は私の説明しきれない、緊張してのたった一言、
「マルクを、したくないのです。」
これだけで、私の気持の全てを察してくださり、
まずはレントゲン写真を撮影して、骨髄があることを確認してから
マルクを施行すべきだと、言ってくださいました。
感動、しました。
自分の気持を伝えてこんなに感動したことはありませんでした。
移植のお決まりの検査の常識を、変えてくださったのです。

そして直にレントゲン写真を撮影しました。
すると・・・あきらかに移植した効果がはっきりと写っていたのです!
移植前は真っ白だった藍の骨に、
うっすらと透き通りつつある部分が確実に写っていたのです。
長女の肝細胞から造りだされた正常な破骨細胞が、働きだした証拠でした。
まだほんの少しだけの変化なのですが、それは確実に藍に変化をもたらし、
泣いている時間が、毎日少しずつ減りはじめていることからも
夢と希望が、現実となっていく瞬間を垣間見ているようでした。
嬉しかった。
藍は生きていけると確信しました。
わたしの、私たちのそばにいてくれるのです。
それはもう既に夢ではなく、現実となっていました。
そしてなにもわかっていない藍は、すやすや眠りも深くなっていきました。
ゆったりと・・・・泣くこともなく・・・・



脱毛と携帯電話


携帯電話を持つことにしたのはこの頃です。
公衆電話に頼っていたのですが、持つとこんな便利なものはないですね。
メール交換で、ずいぶんと気をまぎらすこともできました。

そしてこの頃から、化学物質の副作用が現れて、
藍の髪の毛がたくさん抜けはじめました。
原子爆弾の放射能を浴びた人の髪の毛が抜けるのと同じなのです。
とっても・・・・禿げました(笑)
頭も大きくなってきました。
あれよあれよという間に、はげあがり、何故かマユが濃く黒々としてきました。
毛が濃くなるのは免疫抑制剤の影響です。
かなり、オヤジ化しつつある藍です。
でもいのちには換えられません。薬を切れば元に戻ることですから。
そして、ありがたいことに、輸血も3日していないのに、
赤血球が自力で増えていたのです。
藍は少しずつ確実によくなっていきます。
残念ですが、未だ目も合わず、ミルクも飲めなくなってしまいましたが・・・
そして、ときどき筋肉を緊張させて、
けいれんみたいな動きをするようになってしまいましたが・・・・。
藍は、生きてます。





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