◆点滴をつけたまま


GVHD


ある日気がつくと、体中に赤い斑点もしくは痣のようなものが全身にでました。
一週間前に添加したリンパ球の仕業で、GVHDが起きているのでした。
かなり全身に広がっていたので、ステロイドを投与して、様子をみました。
でも、これをうまくコントロールできたら、ドナーの骨髄が定着しやすくなるので
可哀想で心配ではあるのですが、それよりも今後を期待してました。
これの成果は約1ヶ月後に、キメラの確率を調べれば分かるのです。
藍は血液型、AO型、普通にしていたら決してありえない型です。
輸血はドナーに合わせて、いつもA型をいれます。
血液型うらないとか、性格診断はいったいどうなるのでしょう(笑)

ステロイドを投与すれば副作用が色々出てくるのですが、
藍の場合、機嫌が非常に悪く落ち着きがなくなります。
やっと泣いている時間が少なくなってはきたのですが、
今度は怒っている時間が多くなってしまいました(笑)
いつも興奮していて、MRI検査や、CT撮影が異様に大変になりました。
少々に眠り薬では効かず、強力な眠り薬でやっと撮影できる有り様でした。

そして、白血球の数値も10000を越えるようになったのでノイトロジンを切りました。
これによって、一時は白血球も数が激減しますが、
3000までさがると、それ以上は減らなくなりました。
骨髄は機能を回復してきたようでした。
もはや、血小板は200000まで増えてきました。正常値です。
ただ、いつまでも赤血球が立ち上がりませんでした。
赤血球の原形である網赤血球はどんどん増えてきても、
何故かどこかで壊されているのか、どうなっているのかは分からないのですが、
いつまでもデータが安心できるレベルまで到達しませんでした。

ミルクも相変わらず自分ではもはやほとんど飲めません。
注射器でほんの一滴づつ、口に含ませてやれば、なんとか飲み込むことはできますが、
ほ乳びんは全く吸いつけなくなりました。
マーゲンチューブから注入しても、まだ吐いてしまいます。
10ccから根気よく始め、40cc胃に収めることができるようになるのに1ヶ月かかりました。
せめて40ccが飲めないと、中心動脈栄養を切ることはできないのです。
そして、せめて100ccが飲めないと、IVHを抜くことはできません。
越えなければいけないハードルはたくさんありますが、
それでも命の危機から脱出した藍は、生気に満ちて頼もしく、
消え入るような儚さを漂わせていたイメージもなくなり、
明るく元気?な病気の赤ちゃんへと、変身しました。
そしてわたしも、藍を抱いても、泣くことはなくなりました。



初めての外泊


ミルクを飲んでは吐いている藍ですが、それでもなんとか80ccほど飲めるようになったので
点滴もブドウ糖の維持液に切り替わり、外泊も可能になりました。
移植して2ヶ月半、赤血球もまずまず輸血しなくてもよくなり、
全身状態もとてもよいので、点滴を付けたままですが、
初めての外泊!、一泊二日の外泊が許されました。
点滴の管理を学び、マーゲンチューブの入れ方を学び、吸引機を購入して
移植して初めて懐かしいわが家に帰りました。
5ヶ月ぶりのわが家は、意外にもパパの奮闘でとてもきれいで、
会社を5ヶ月間、定時で帰宅して娘二人のために、食事の用意をしたり、
馴れない洗濯や、掃除をしたり、次女の保育園の準備をしたりと
精神的、体力的にも大変だったろうと思い、感謝の言葉が継げませんでした。

近所の皆さんの親切やご協力も、とてもありがたかったのです。
ほっておけなかったのよ、と言ってくださり、
父親が帰宅するまでの時間、娘をお邪魔させてくださったり、
馴れない保育園でいきなり長時間保育はキツいでしょうからと、
夕方次女を迎えに行って愛情深く面倒をみてくださったり、
この感謝の気持は、どのようにして伝えればよいのか、、今でも感謝しています。
何も言わなかったのに、率先してご協力してくださったので、
島そだちパパも娘たちも頑張ることができました。
藍の移植入院はこのように、様々な皆さんのおかげで成しえることができたのです。
このことだけは、いつまでもいつまでも、忘れずにいたいです。

初めての外泊はすてきでした。
成長してすっかり頼れるお姉さんになった長女と、
言葉が遅れていたのに、すっかり話好きになった次女と
初めて藍は対面しました。入院して以来、5ヶ月ぶりです。
二人とも急に現れた藍に戸惑うこともなく、
とてもすてきな態度で、藍をかわいがってくれました。
次女は藍のために、自分の大切なおもちゃを次々にベビーベッドへ並べていきます。
長女はお世話をしたがり、そして・・・
自分の骨髄のおかげで藍はこうして家に戻れることができたのだということを
身をもって実感しているようでした。
慌ただしいたった一日の外泊でしたが、とても幸せで、
無理をして移植をして本当によかったと思いました。
今は亡き長男は、絶望の中の外泊しか経験ありませんでしたから・・・・



外泊中の藍の看護


家に戻ると、まずお借りした点滴ポンプをセットして、
次に藍のわき腹からでている中心動脈へのルートへ輸液を繋げます。
この作業は思ったよりも簡単で、大切なのは、感染防止です。
不潔にならないように、接続部分を念入りにアルコールで消毒してから、
針を差し入れるだけです。
あとは事故防止(接続が外れたりしないように)に気をつけて
ポンプを指示された流量に設定するだけです。

そして家での藍の食事はミルクをマーゲンチューブから注入します。
赤ちゃんと同じように一日6〜7回、吐かないように気を配りながらです。
藍はほとんど自力では飲めませんが、それでもほんの少し飲み込むことができるので、
そっとお口にミルクを含ませてあげました。
お口から食事ができないと、あごの発達も悪くなるのですが、
それよりも、おいしい味を利かせてやりたい一心です。
むせてはいましたが、ミルクの他に、ぶどうを絞ったものや、
りんごをすりおろしてこして、白湯で薄めたものなどを、です。
あまり表情を変えることのない藍ですけれど、
このとき、微妙に表情に変化があるような気がしてなりませんでした。

朝が来て、病院に戻る時、点滴を止めて、血液が固まってルートがつまらないように
ヘパリンシールを添加して、慌ただしく戻っていきました。
たった一日の外泊ですが、ささやかながら、
家族が共にひとつ屋根の下にいることが、こんなにも難しく大変で、
そして幸せなことなのだと、初めて実感できたように思います。



なんとか100CC


病院に戻って今後の課題は、IVHを抜くことでした。
IVHを持って退院する方もいらっしゃるのですが、藍は抜くコトを目標にしました。
それには一度のミルクの摂取量が最低100cc必要でした。
栄養(もちろん大切ですが)は、ともかく、水分を一定量取れなければ
脱水状態になって、命にかかわるので、これは譲れません。
まだまだ、ミルクを飲ませては吐くことが多いのですが、徐々に改善し始めました。
こうなると、退院も見えてきました。

そして、二週間に一度の外泊を重ね、少しずつ少しずつ、
退院に向けてリハビリをはじめました。
これから退院して、藍にはどのような自宅生活が待っているのか・・・。
不安も勿論ありましたが、どうしても家で皆と共にすごしたい思いが強く、
藍の看護の方法を勉強しました。





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